東京大学教授 藤本隆宏様インタビューその1|21世紀に必要なものづくりとICTの関係とは?


JMI生産・開発マネジメントコースの主任講師である
藤本隆宏様(東京大学大学院経済学研究科教授 東大ものづくり経営研究センター長)にお話を伺いました。
日本能率協会の安部武一郎がインタビューいたします。(以下敬称略、所属役職はインタビュー当時)

21世紀に必要なものづくりとICTの関係とは?

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安部
今日はみなさんご存知の東京大学の藤本隆宏先生にお越しいただきました。

時間が限られているので、いくつかポイントを絞ってお伺いします。

最近のものづくり環境はハードとソフトが融合し、地域の格差もなくなってきているのかもしれません。

その中で賃金格差もなくなってきているような話もいただきましたが、他の国と日本の格差が縮まってきている印象をお持ちでしょうか。

藤本
産業の場合、国際賃金差や為替レートといったハンディがついていますから、ハンディ抜きの現場の競争力で考えるか、ハンディつきの製品の競争力で考えるかでだいぶ違ってきます。

国際産業競争は最終的にハンディがついたところで決まるのですが、そのハンディが1990年代からの約20年、異常に高かったことになります。

それが近年、だんだんとごく普通になってきました。

これは考えてみれば当たり前で、20年かけて地球が1つになってきたからです。

冷戦時代は地球が2つか3つに分かれて競争をしていました。

南(途上国)と東(共産圏)はある程度分かれており、西側の先進国の中だけでグローバル競争をしていたのです。

その中で日本の貿易財現場は物的生産性が高かったので、勝っていたわけです。

そのとき、東側は全く異なる賃金体系でした。

それが冷戦終結で東西の壁が崩れ、西側と東側がくっついた途端、中国の賃金が日本の20分の1以下(月給20万円対1万円)というちょっと普通ではあり得ない賃金差が生まれました。

その結果、中国が単価コストで圧倒的に優位な立場に立ったのです。

当然、世界の工場として工業生産高もどんどん伸びました。

しかし、今のように世界の工場として巨大になれば、さすがに農村地帯からの労働力供給が枯渇し、賃金上昇が始まることは避けられません。これはノーベル賞経済学者の名前を冠して「ルイスの転換点」と言われ、昔から予想されていたことです。

賃金が上がってくるのに1990年から2005年まで十数年かかりましたが、その後は、生産性にみあった賃金差に近づくという意味で、国際賃金差は正常化してきたといえるでしょう。

これからの20年は、世界中どこでも真っ当な能力構築や需要創造を進めた会社や工場が競争優位を獲得し、そうでない会社や工場はだめになっていく時代、つまりグローバル能力構築競争の時代になっていくはずです。

もはや中国との賃金格差が10倍、20倍というようなことは、ありませんが、
生産性を5倍、10倍にした挙句に、本社に閉鎖させられる国内工場はこれからは出てこないでしょう。

ただ、何もしなくていいかというと、そうではない。

これまで通り、能力構築や生産性の向上は続けなければなりません。

地道なことを続けなければいけない点は、少しも変っていないと思います。

サイバー空間で革命的な変化がおこっている。ICTの世界、つまり「上空の世界」は別として、物理法則のはたらく「地上の世界」は進化という形で動いています。

したがって能力構築を続ける国内の「良い現物」にとっては、これまでよりはずっと戦いやすい世界になるでしょう。

一方、自動車のように重さのある製品では、エネルギー、環境、安全、快適性といった利用条件や機能案件は際限なくきびしくなるので、その設計はどんどん厳しくなりそうです。

したがって企業は開発能力を極限まで高める必要が出てきます。

自動車なんかは本当に設計、つまり機能・構造の連立方程式を解ききれるのか、綱渡りで実際、それは起こっています。

下手をするとクルマ全体を開発し損なうことになってしまいかねません。

このように、物理的法則が作用する、「重さのある世界」では、設計はどんどん複雑化しています。

モジュラー化、シンプル化とは正反対の方向です。

一方、これと全く別の方向に動いているのが、ICTの世界です。

こういう「重さのない世界」では、製品やシステムのモジュール化は容易で、組み合わせ自由であり、その特性を活かしてすさまじい革命的なシステム開発の空中戦が起きています。

10年前にはなかった企業があっという間に出てきて、場合によってはトヨタより企業価値の大きな会社が生み出されています。

こうした「上空」のICTの世界は、残念ながら今のところ日本の企業が全く太刀打ちできていない分野です。

この「空中戦」の世界に向かう資本市場の資金の量がまたすごいものです。

世界の貿易額よりはるかに大きな額が、実際に動くこともあります。

「この分野は有望だ」となると、そこに投資が殺到します。

その結果、莫大な額の金がグーグルやアマゾンやアップルなど、特定の企業や分野に集中するのです。

一般人の生活と比べるなら、大きな格差のある世界が出現しているとも言えます。

しかしながら、世界はそうした「空中戦」だけで動いているわけではありません。

こうした上空のICTの分野では、日本企業は今のところ、お呼びでないのですが、地上の地道なものづくりの世界で日本の現場の強さは変わっていません。

むしろここへきて新興国との賃金面のハンディが緩くなってきた分だけ、貿易財の優良国内現場は、むしろ戦いやすくなってきたといえるのではないでしょうか。

その2つの対照的な世界が結びついたところに、IoTやインダストリー4.0の話がでてきます。

その時、日本の企業は、持っている「地上」での強みを最大限に生かしながら、IoTの世界とどうつながって自社に有利なビジネスモデルを作っていくかが、腕の見せ所となってくるでしょう。

そういう位相の違ういろいろなものが同時進行しているところが、21世紀ビジネスや設計やものづくりの難しいところです。

その予測は簡単ではないのです。

一方においては、「うちはものづくり現場が強いから平気です」と何もせずに自己満足している場合ではありません。

しかし他方においては、バーチャルな世界に目を奪われすぎてすべてがAIで片付くとか、全部自動運転になるとか、ビッグデータだけで工場の問題が片付くとか単純に考えるわけにもいきません。

今の時代、IT至上主義みたいな考えはしょっちゅう出てきますが、そう単純ではないでしょう。

あまり極端なことを考えず、バランスよくものを考えなければいけませんが、そこが難しくなっている時代だと私は考えています。

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